いつもは玄米食ですが、香りや色を楽しみたいときは白米を炊飯したりリゾットにしたり。今回のよもぎごはんは「もち米8:白米2」。玄米をはじめ、もち米も秋田の生産者さんから無農薬(減農薬)米を定期便で送ってもらっていますが、この甘さとよもぎの苦みこそ、体験と記憶。そしていつの日か既視感となり。(※文末の余談もご参照あれ!)
前回の「薬膳茶話と土のうつわ」でも書いたように、旨味や苦みも、手でつくった器の素材を介在して、土にしみこむ体験を伝えたい。おいしく炊ける炊飯器や技術を配したプロダクト品としての鍋はたくさんありますが、鍋で炊いたごはんがおいしい理由は、『技術』の競争や『見た目』のオシャレさの自慢でなくて、中にいれる食材が、居心地よく最後まで土と共存できる『場所』であり、これこそ真意のデザインだと思うのです。食材とのコミュニケーションや対話があって、なにかを発見したり解決してくれる『場所』。「コッチョリーノの旅する土鍋」が提唱する『広場』ではないかと。
この夏も「旅する土鍋」は海を越えて活動する予定です。みなさまと各地でお会いできる日を楽しみにしながら、目下オーダーいただいている作品を納めること、イタリアでの作品展の制作、そして秋の個展の準備などに翻弄されながらも、『広場』のことについては毎日あたまの片隅で想像をふくらませる日々を送っています。
(※余談)よもぎ(伊:アッセンツィオ/聖人の名)は、イタリアの田舎に行くと道端に生えており、90年代ミラノの友人に天ぷらで振る舞ったことを思い出しました。日本同様に薬草として、あるいは魔除けの草とされていたそうで。19世紀頃の欧州には、日本のよもぎとは異種である「ニガヨモギ」というよもぎ入りの治療薬(アブサン)というものがあって、後にあやしいお酒として数々のアーティストをダメにしていったらしい(-_-;)
1. よもぎの若芽を摘んでせいろで3分ほど蒸す。(少し萎れる程度で葉の原形は残る程度)
2. 炊きたてのごはんに①を和え、白ごまと塩を少々。土鍋の蓋をしめて1時間ほど放置。
1時間ほど経って土鍋のふたを開けると、それはそれは美しいよもぎ色と春の香りに部屋中が染まります。(よもぎを米と一緒に炊きこむとアクが出て発色に劣るのでこの方法を取っています)
※前編では「よもぎペーストのパスタ」をご紹介しています。
⇒「近くの道草よもぎ摘み」(前編)