ブログ「ルバーブとアイルランドの風」(前中後編)より、物語としてまとめたページです。アイルランド(北西スライゴ地区)の陶芸家コーンを訪ねたときのものです。
アイルランドを横断する比較的あたらしい平らなハイウェイ。クルマの窓をあけてどの国とも違う香りを大型犬のようにくんくん嗅ぐ。夏の終わりのイタリアから訪ねたわたしの格好を「唐突千万だよ」と粗相を文学的に笑う風は寒く、聴けばそこはウィリアム・バトラー・イェイツの墓のそばだった。
陶芸家コーンの工房つきの家に到着すると、コーンはご婦人と早い夕食中だった。
陶芸家コーンご夫婦の夕食は質素だったが、ご婦人は「シチューですが召し上がる?」「それともアップルパイでもいかが?」と夕食に誘ってくださった。夫婦水入らずの夕食時に来訪したことを友人とともに侘び、お誘いは丁重におことわりした。庭を見せてもらいますと風の強い庭に出て植物などを見る。イタリアもそうだが、ここアイルランドも「食事中なので外で待ってて」などとシャットアウトせずオープンでカッコをつけない。どんなに質素でもふだんのままを見せたり、分け合おうとしてくれる。すてきなスタイルだ。
夕食が妙に早いのか、夕刻の空が明るすぎるのか「地球の広さ」がどのくらいなのかくらくらするような風の香りにつつまれていた。「もうひと雨くるかな」とコーンは食事を急いで済ませ庭に出てきてくれ、離れの工房を案内してくれた。
工房に入ったとたん、今度は「地球の狭さ」がどのくらいなのかわからなくなる。大学のなつかしい工房の香りも、東京の自身の工房も、ミラノの師匠の工房も、そしてコーンの工房も同じ香り。親近感ある同じような道具が同じような汚れ方で置いてある。コーンの大きな手とわたしの冷たい小さな手は強い握手をかわし、陶芸家であることでどの国でもなんだかわからない絆が生まれることを実感する。
氷のように低温な手で冷ややかな挨拶をしてしまったなぁと後悔しながら、陽が落ちかけて急に冷えてきたコーンの工房でぶるぶる震えていた。この冷気はアイルランドにうようよしている妖精にまぶたを閉じろと命令されて森に連れて行かれたのか、それとも北アイルランドにもう冬が到来したのか。
コーンは「どれでも作品をプレゼントするよ選びなさいな」とどこまでも温かい。空を飛ぶことを忘れた旅鳥は大きな宇宙船型の花器を選んだ。なんとかなるわとまた妖精がささやくのだもの。寒いので部屋に移ろうと皆で工房の扉を閉めて住まいの扉を開けた。コーンと友人のエンダはすぐに暖炉に泥炭(※)をくべる。草と土の香りがして、すぐに濃い夕陽色の炎が大きくなってゆく。薪のように賑やかでなく静かに燃える火は、アイルランドの国の人々を映しているようだった。
お礼に、コッチョリーノの「タネさんプロジェクト」のタネさんに顔を描いてもらいプレゼントすることにした。プロジェクトの主旨を説明すると、コーンは一気に陶芸家の顔からかわいらしいおじいちゃまの顔になった。今でも、あの優しいのに芯があるタネさんの顔は、泥炭の炎のやさしさと重なって、陶芸魂として燃えている。(完)