「台所」という名のごはんや
もう30数年前になるが、「台所」という南青山の路地を入ったところにあった食事処でアルバイトしていた。タマゴが先かニワトリが先か、器と料理とアートと音楽が好きで、当時から食いしん坊で、いつも空想に飛んでいる学生だった。
さてはて、美大のアルバイト求人の張り紙はおもしろかった。学業柄「ヌードモデル」はもちろん、「課題おしえます」「料理します」「犬の散歩」「人体実験」などなど、バラエティに富んでおり豊かだった。大手建築会社でコンペの模型づくり、調査会社で図を描いたりグラフをつくるバイト、料理関係では、ベトナム・フランス料理店、パン屋など、いろいろしたなあ。
掲示板の中で「陶芸をまなぶ人」という条件で募集している飲食店があり、それが冒頭の店だった。
「耳と目と手で学ぶ」
当時、アパレル会社やファッションスタジオが華を咲かせていたエリア。 街がデザインされ、空間がデザインされ、モードやアートが浮かび上がり、たくさんの明日が詰まっていた。客層のほとんどがデザイナーやパタンナーで、頻繁にモデルや俳優も姿をあらわした。生活まるごと先を走る人たちが、安らぎを求めて隠れ家的な食事処に訪れていたのだと思う。
店主は、こだわり強く、時にきびしく、けれどもセンスあるおじさんだった。
開店前につくってくれるまかない。調理場に入って手順を眺めてよい時間で「たまちゃん、これがポイントね!」と、レシピというよりコツを教えてくれた。おじさんは家庭料理のプロだったようだが、まだまだ青くシブガキだったわたしは、大人を相手に経歴など聞ける能力など持ちえておらず、あいにくおじさんのことを知らないままに。
焼き魚、オムレツ、ハンバーグ、野菜のいためもの、おひたし、豆腐サラダ…。中でも、おじさんのつくる明太子豆腐が大好きで。あれから30年、数え切れないほどおじさんの明太子豆腐をマネしてつくってきた。
すっかり冷えてきた秋の晩。
おじさんの明太子豆腐をアレンジしたスープをつくる。
今ではアレンジまでしているよ、おじさん。
(たぶん、つづく)
1.包丁の背をつかって皮から明太子の中身を出す。
2.フライパンに少量のバターと①を加え、飛び散りに注意しながら弱火で加熱。日本酒を加えてジュワーッとさせる。醤油をたらす。
3.鍋に出汁を用意してあたためキューブにカットした豆腐をいれ、②を加え、塩で味を調え、わけぎを入れて完成。